朝晩は風が冷たくなってきた今日この頃、いかがお過ごしですか。


前回の記事にも沢山のコメントをお寄せいただき、ありがとうございます。

その中で、「更新頻度が低いのではないか」というご指摘がいくらかありました。

これについてはその通りだと思います(苦笑)

忙しい日々の中で心がけて更新しているつもりですが、さすがに更新頻度が低いですよね。

少しでも更新頻度を上げられるよう、PCを立ち上げてみた次第です。



そして「部活顧問をしなくなってからの生活について実際のところを知りたい」というリクエストも多くありました。

ですので、今回は肩ひじ張らずに、リアルな私の「部活顧問なし生活」を綴ってみたいと思います。



私が部活の顧問に携わらなくなってから、1年ほどになるでしょうか。

以前の私の教員生活は、部活とは切っても切れない関係にありました。


朝は部活の朝練があります。

私の学校では、「朝練は顧問が指導につくこと」という決まりになっています。

(現実は、指導についている顧問はごく少数派ですが。そして朝練はもちろん勤務時間外)


ですので、朝は早めに行って部活の朝練を少しだけ見ていました。

この「少しだけ」というところがリアルです。


私も一つの教科を受け持っている教科担当ですから、朝の貴重な時間は授業準備や授業のイメージトレーニングに使いたいのです。

しかし、それを優先して部活の朝練に全く行かないとなると、生徒や保護者から少しずつクレームが出る。

ましてケガでもしようものなら、さらにクレームが出る。

「先生は朝練の指導についていないのですか?教師としてどうなんですか?」のような。

ですから、自分の仕事との兼ね合いを考えながら週に数回は朝練を「少しだけ」見に行き、指導をするのです。


確認しておきますが、上記の内容は全て勤務時間の開始前の出来事です。

始業は8:00ですから、だいたい朝練が7:30から始まります。

そういった次元のお話ですので、悪しからず。



現在の私の生活に「朝練」の文字は全くありません。

ですから、朝から部活の指導に当たることは100パーセントありません。

では、私が学校に向かう時間が遅くなったかというとそういうことはありません。

前からそうなのですが、私はだいたい7:00くらいには学校に着くようにしています。


朝練もないのに何をしているかというと、授業の準備をしています。

(そしてなるべく帰宅の時間を早くするためでもあるのですが)


前日に既に授業準備が終わっているものや、少し準備が不足しているものなどをスピーディーにこなしていきます。

この朝の時間帯は教員も少なく、生徒も朝練の生徒しかいないので、静かで快適です(笑)


たまに朝練の欠席連絡の電話を取るぐらいで、あとは自分の授業準備に没頭します。

中学校の授業は、言わずもがな一人の教員につき、一つの教科を教える形態をとっています。

ですから中には「毎年同じ授業してるんだから、準備なんていらないんだよ。だからその分の時間や労力を部活に回せばいい」という人もいらっしゃいます。

確かにそういう部分があることも否めませんが、本当に真摯に授業に向き合っている中学校教師であれば「準備なんていらない」などといった軽口が叩けるわけはありません。


以前にしたことがある単元でも、それを年を経るごとにブラッシュアップしなければなりませんし、新たに仕入れた知識をどう授業に絡めていくかを考える算段をつけなければなりません。


そして私が特に重要視しているのは、授業の導入の部分です。

つまり「お願いします」の挨拶をしてから5分間ほどの、短い時間のことです。

落語でいうところの「枕」の部分にあたります。


同じ授業を何年もやっていても、この部分を疎かにしてはいけないと常々思っています。

改めて言うことでもありませんが、公立中学校の生徒には様々なタイプの生徒が混在しています。


家庭での教育も熱心で、最初から学習に熱心に打ち込む素地がある生徒。

はたまた学習にさほど興味がなく、家庭でもそういった基盤が養われていない生徒。

また学習どころの騒ぎではなく、家庭の中のトラブルを抱え、また友達との不和を引きずってしまい、学習に正面から取り組むことさえままならない生徒。


そういった100人いれば100人の心持ちで学習に臨む生徒たちに対して、少しでも「学習は面白いな」・「再びこの学習に取り組んでみたいな」と思ってもらいたい、そう私はいつも思っています。

ですから、今の生徒に応じた、もっと極端に言えば生徒の流行やニーズに応じた導入部分を工夫することに日々苦心しています。

インターネットや最近読んだ書籍から、またその他の方面にアンテナを張っておき、それらから考え抜いた内容を授業の導入部分で生徒に問いかけます。

もちろん授業は導入部分だけでは成り立たないのですが、学習に前向きな生徒も、そうでない生徒も、テンションが低い生徒も、部活の朝練で疲れている生徒も、いろんな生徒がとりあえず「顔を上げて前を見ること」が大切です。

「お!面白そう!」そんな顔をしている生徒を見たいがために、朝早くに学校に行くのです。


もちろん担任をしている学級の教室の掲示物が不足していたり不備があったりするときには、それにも取り掛かります。

学期を通して使用する掲示物には、破損がないようラミネートをかけます。

こういった作業も何気に時間がかかりますので、朝の時間は作業に最適です。


また授業におけるイメージトレーニングも欠かせません。

教科にもよるでしょうが、さまざまなクラスで授業をするうえで、「こんな流れで授業を展開しよう」というイメージトレーニングは必須です。

「導入でこれをして、あとの10分間であれを。そして板書はこんな風にして、ここでこんな風な発問を・・・」


各クラスには根っからお調子者の生徒がいたり、またクールだけれどここ一番で発言をしてくれる生徒がいたり、はたまた全然学習には興味がないくせに発表だけはしたがる憎めない生徒がいたりします・・・(笑)

そんな各クラスの現状を鑑みて、50分の枠に収まるように頭で想定をしておきます。

これは授業前の心の準備とも重なるのですが、楽しい作業でもあります。


個人的に、はじめのチャイムが鳴るときに授業が始まり、おわりのチャイムが鳴る瞬間に授業を終えたいのです。

チャイムが鳴っても「もう少し授業するぞー」という教員は、私が中学生だったころから嫌いだったタイプの教員です(笑)

時間にメリハリがあって、かつ時間に厳しいからこそ、授業に面白みが出ると思います。


大袈裟なようですが、私は授業の50分間を、お笑い芸人さんのステージと同じだと考えています。

というのは、ある意味「お客さん」である生徒の顔を上げさせ、「面白い」と感じさせ、そしてときには笑わせ、満足させ、払った料金以上の満足感を覚えさせ、そして何より時間キッチリに終わる。

それらを日々こなしていくのは大変ですし、時には逃げたくもなります。


「どうせ一人の教員で授業してるんだから、ほかの人にはばれやしないさ」と思いたくなるのも人の性というものでしょう。

しかし、プロフェッショナルとして「授業の専門家」としての教員の側面を考えた場合、この部分は譲れない、譲ってはならない部分だと強く考えています。

教員が「この単元、面白くないんだよなー」と思いながら授業をするのか、「生徒にとって面白いと思うのは難しいかもしれない。だからこういう工夫をして生徒と盛り上がりたい」と思って授業をするのか。

その心持ちと事前の準備が、教員の力の見せ場ではないかと感じるのです。


お笑い芸人さんのように、事前にじっくりとネタの仕込みをするのです。

そうやって展開される授業は、その場しのぎのアドリブだけではないし、偶然が生んだリアクション芸だけではありません。

何度も練りこまれた構想があるうえでの授業展開であることが理想です。

そのうえで生徒とのやり取りが生まれ、こちらの予想を超えるような生徒のアドリブや偶然のリアクションが出ることが楽しいと感じます。



今回は「部活の朝練がない」中学校教員の日常について書いてみました。

こうやって書き連ねてみると、教員にとってのメリットも大きいなと思います。

「朝から部活の指導をしなければならない!」という心理的切迫感がないのも大きいと思います。

ただし、部活の朝練が生徒にもたらすメリットを否定するものではありません。


ただ自分にとっては、「部活の朝練がない」今の日々が、私を教員として成長させてくれているのは事実です。



次回は「放課後の部活がない日常」について書こうと思います。

思ったよりも文章が長くなってしまい、驚いています・・・。


またコメントにて意見や批判など、遠慮なくお寄せくださると助かります。

「こんな記事が読みたい!」というご意見もお待ちしています。

全てのコメントには目を通しております。いつも感謝です。


更新頻度を落とさぬよう、努力いたします。

ではまた、近いうちに。


秋の月輝く、9月の終わりの夜より。